「入口付近に立っているな。通行の邪魔だろう?」金色の髪の青年は私をジロリと睨みつけた。……確かに言われてみればそうかもしれない。「はい、どうも申し訳ございませんでした」素直に頭を下げた。「何!?」「え!?」すると青年と女性が意外そうな声を上げる。……どうしたのだろう? 自分の方から退けと言っておきながら、いざ私が頭を下げただけで驚いた顔をするなんて。首を傾げつつ邪魔にならない様に彼等から離れた場所に移動した。そして先程の青年の方を見ると、唖然とした顔でこちらを見ている。全く何なのだろう? あのグループはどう見ても私に敵意を持っているようなのでなるべく関わりたくは無かった。そこでわざと視線をそらせてジョンの姿を探していると、何故か彼等がこちらに向かって近づいてくる。そして私の真正面に立つと金の髪の青年が意地悪そうな笑みを浮かべた。「おい、ユリア。何故そんなところにつっ立っているのだ? こちらに構わず空いている席を探してさっさと座れば良いじゃないか? それともいつものように俺たちがテーブルに付くのをここで待つつもりだったのか?」「え?」あまりにも突拍子も無いことを言われ、私は正面からじっと青年の顔を見た。一体この人は何を言い出すのだろう?「あの……それは一体どういう意味でしょうか?」私は彼の言っている意味が分からずに恐る恐る尋ねた。すると金の髪の青年が腕組みをする。「とぼけるな。まさか俺たちが今迄何も気づいていないとでも思っていたのか? もしそうだとするとおめでたい女だ。いいか? 知っているんだぞ? お前がいつも俺たちをこの場所で隠れて待ち伏せしているのを。そして着席した頃を見計らって、さも偶然を装って近づいてきては図々しく同じ席に座ってきているではないか」「え……?」その言葉に耳を疑った。まさか記憶を失う前の私は1人で食事をするのが嫌で、恥ずかしげもなくそんな厚かましい真似をしていたのだろうか? むしろ今の私にとっては、招かれざる場所に顔を出すくらいなら、1人で食事をしたほうが10倍マシだ。過去の自分がとても恥ずかしくなり、私は素直な気持ちで謝った。「それは大変申し訳ございませんでした。もう二度とその様な恥ずかしい真似は致しませんし、あなた方には極力近づかないと約束しますのでどうぞお許し下さい」私はこの学園で嫌われている。低姿勢
「ああ、何だ。そういうことだったのか……確かにあの場所は通行の邪魔になったかもしれないね。どうもユリアがご迷惑を掛けてしまったようですみませんでした」ジョンが素早く私に目配せしたので、私も彼にならって頭を下げた。「申し訳ございませんでした」顔を上げたジョンは私の肩をグイッと抱き寄せた。「ユリア、良い席が取れているんだよ。一緒に行こう」「ええ、そうね」呆気にとられている彼等に背を向け、歩きかけた時……。「ちょっと待て!」背後から鋭い声を投げかけられた。すると再びジョンが私の耳元で囁く。「ユリアお嬢様は何も話さないで下さい」「え? ええ……」一体ジョンは何をするつもりなのだろう? けれど私はあの人達のことをまるきり知らないので、ここは全てジョンに委ねることにした。「はい、何でしょうか?」ジョンは私の肩から手を離すと、振り向いて返事をした。「お前……一体何者だ?」金の髪の青年は何故か敵意をむき出しにした目でジョンを睨みつけている。「俺ですか? 今日からこの学園に転校して来たジョン・スミスと言います」明らかに偽名と思われる名前を堂々と名乗るジョン・スミス。しかし、そんな名前を疑いもせずに金色の髪の青年は私を指さしながら厳しい声でジョンに尋ねた。「何故、その女にかまう?」「かまうも何も俺とユリアは同じクラスメイトになったので、2人で一緒にお昼ごはんを食べにこの学食へ来ただけですけど?」すると金の髪の青年は腕を組むとニヤリと笑った。「そうか……君は転校生だからその女のことを何もしらないのだろう? いいだろう、教えてやろう。その女はなぁ……」この人は私のことを知っている……。一体何を話すのだろうか? 緊張しつつ、次の言葉を待つ。すると——「いいえ、結構です。別に知りたくありませんから」ジョンが即答した。「何!?」「え?」私と金の髪の青年が同時に声を上げる。「な、何故だ? お前はその女がどんな人間か知りたくないのか!?」青年はジョンに訴えかけるように語る。はい! 私も勿論そうです。自分のことが知りたいのに……何故、何故止めるの? ジョン!私はじっとジョンを見つめ、目で訴えた。私の護衛なら気持ちが伝わるでしょう? 私は自分が何者なのか知りたいのよ!それなのに……。「おい、ユリア。お前……何故そんなすがるような目で
「何だ? まだ機嫌が悪いのか?」 ジョンが確保してくれた席に座り、食後のカフェオレを飲んでいると向かい側に座るジョンが声をかけてきた。彼の前にはブラックコーヒーが置かれている。何故、そんなことを私に尋ねてきているかというと……それは食事中私が一言もジョンに話しかけなかったからなのかもしれない。しかし、話しをする気になれない程私は彼に腹を立てていたのだ。「フン……何よ。いつもなら食事をしている時位は静かにしていてろと言ってるくせに」独り言のように呟くと、すぐさまジョンが反論してきた。「そんな言い方はしていない。『食事中の時位は話しかけないで下さい』と言っているだろう?」「細かい人ね。多少言い方が違ってるくらいで。それより私、今ジョンに怒っているのよ? 何故か分っているわよね?」「さぁ? 何故だ?」ジョンは考えることもなく即答してきた。「ちょっと、せめて考えるフリくらいしたらどうなの? いきなり即答するなんてあり得ないわ」「いいから、早く教えろ。俺は無駄に時間を使うのは嫌いなんだ」「は……?」何という言い草なのだろう? 仮にもジョンはお父様に私の身を守るように雇われているはず。なのに彼が今までしてきたことは、どう考えても私をわざと陥れようとしているとしか思えない。そう、例えば『魔法学』の授業で私の姿で教師に火の玉を投げつけたり……。うん? 火の玉……?「そうよ!」私はテーブルをバシンと叩いた。その際、近くに座っていた学生たちが驚いてこちらを見たのは言うまでもない。「うわ! ついに記憶喪失になっただけでなく、頭もイカレてしまったのか?」「別にイカレてなんか無いわ。だけどジョンのせいで私はイカレ女にされてしまったかもしれないじゃない。どうするのよ? 先生に炎の球を投げつけたりして! しかも先生の髪を少し焦がしちゃったじゃないの!」さらにテーブルをバンバン叩きながら文句を言うと、周囲にいた学生たちは白い目でこちらを見て、何やらヒソヒソと話している。……恐らく私の悪口を言っているのだろう。「ああ、あれか……ククッ……なかなか傑作だったな。まさかバケツの水を頭から被るとは思わなかった……」ジョンは肩を震わせながら笑っている。そう、ジョンが先生に炎の球を投げつけた時に運悪く? 先生の髪に火がついてしまったのだ。先生はキャーキャー悲鳴を上
「ねぇ、何故私の退学を承諾出来ないの? 何かそこには重大な理由があるの?」身を乗り出してジョンに尋ねる。「ああ……理由ならある。しかも特大級のな」真剣な眼差しで頷くジョン。「特大級……」何だろう? 一体どんな理由があるのだろう? しかし、ジョンは中々口を割ろうとしない。「な、何よ。勿体つけないで話してよ」たまらず催促した。「分った……しかし、何を聞かされても一切の文句は受け付けないからな。分かったか? 約束だぞ?」文句? 文句……一体どういう意味なのだろう? けれど私は頷いた。「ええ、分かったわ、一切の文句を言わないと約束する」「分かった……なら言おう。……授業料の問題だ」「……は?」今の言葉……空耳だろうか?「ね、ねぇ……私、今ジョンの言葉うまく聞き取れなかったみたい。もう一度教えてくれる?」「全く仕方ないな……いいだろう。もう一度だけ言うから、良く聞いているんだぞ?」「ええ」素直に頷く。「授業料の問題があって、退学することが出来ないんだ」やっぱり空耳じゃなかった。「ねぇ、その授業料って一体誰の授業料なのよ」まさか自分の授業料とは言い出さないだろう。ところが……。「何を言っている? 俺の授業料に決まっているだろう?」や、やっぱり……。言いたいことは山程あったが、グッと飲み込んでジョンに尋ねた。「授業料の問題で退学出来ないって……どういう意味なの?」「今回ユリアの護衛をするにあたり、俺も学生として潜入することにしたのだが、この学園の決まりで2ヶ月分の授業料を支払わなければならないことになっている」「成程」「そこで公爵様に頼んで、高額の授業料を支払って貰った。その額は実に俺がユリアの護衛につく為に貰った報酬の約3倍に相当する」「そんなにこの学園の授業料は高いのね!?」いや、実際にジョンがお父様からどれほどの報酬額を貰ったのかは不明だが、恐らくこの学園の授業料は相当高いのだろう。「でも、その授業料と私が退学してはいけない理由がどう繋がるのよ?」どうしてもその繋がりが分からない。「うん、ユリアにしては良い質問だ。それは俺が公爵様に言われたからだ。高額な授業料を2ヶ月分わざわざ支払ってやったのだから、絶対に2ヶ月間は通って貰う。もし途中で退学したなら、通わなかった分の授業料を報酬から天引きすると言われたのだ」
「お前たち、これから理事長室へ行くのだろう? 聞いているぞ、ユリア。お前は今日『魔法学』の授業で炎の玉を出して、教師に投げつけたらしいな? しかもその教師は髪の毛が一部燃え落ちてしまったそうじゃないか」さすが、王子。情報収集力が半端では無い。でも髪の毛が一部燃え落ちてしまったとは知らなかった。「全く……随分派手なことをしたようだな?」ベルナルド王子は私達を交互に見つめる。しかし、犯人は私ではない。やったのは隣に立っているジョンである。けれどもまさかあれは私ではありませんと言えるはずは無かった。そんなことを言おうものなら、私はイカサマで『魔法学』のテストを受けて合格したことになってしまい、ますます自分の置かれている立場が危うくなってしまう。「知ってるか? あの女教師、泣きながら教員室でお前に酷い目に遭わされたと訴えたらしい。フフフ……何と言って訴えたか知りたいか?」ベルナルド王子は意地の悪い笑い方をすると私達を睨み付けた。一体その女教師は私のことを何と言ったのだろう? 怖い……! 怖すぎる! だけど知っておきたい。そこで私は返事をした。「はい、知りたいです」「いいえ、別に知りたくありません」あろうことか、ジョンは言葉を重ねてきた。「何? 知りたくはないのか!?」ベルナルド王子は驚いた表情を見せる。え? 私は知りたいって言いましたけど!?「ええ、少しも知りたくはないですね。それに……確かにユリアは授業中魔法で炎の玉を出しましたが、教師に投げつけたのはわざとでありませんよ」はぁ!? 何それ!魔法の玉を作ったのも私の姿に変身したジョン、そして投げつけたのもジョンである。しかし、今の言い方ではまるで本当に私の仕業に聞こえてしまう。「ちょ、ちょっとジョン! 何てこと言うのよ!」思わずジョンの腕を掴んで揺すぶるとベルナルド王子が声を荒らげた。「おい! 2人とも、距離が近い! もう少し離れるんだ!」言われた通り、サッと離れるとジョンが言った。「ベルナルド王子、それよりも先程の校内放送をお聞きになりましたよね? ユリアは今理事長室に呼ばれているのです。急いで向かわなかれば退学になりかねませんのでこれにて我々は失礼致します。行こう、ユリア」ジョンは王子に頭を下げると再び私の腕を掴んだ。その時——「いいじゃないか、退学になってしまえば」王子が
気付けば水面が目の前に迫っていた。そして次の瞬間――ドボーンッ!!激しい水音と共に私は冷たい水の中にいた。(く、苦しい……!!)長いドレスの裾が足に絡まって水の中で足をうまく動かせない。水を飲みこまない様に口を閉じるには限界がある。(だ、誰か……っ!!)その時、誰かの腕が伸びて来て私の右腕を掴んできた。そして勢いよく水の中から引き上げられ、自分の身体が地面に横たえられるのを感じた。太陽の眩しい光が目に刺さる。呼吸をするにも、ヒュ~ヒュ~と喉笛がなり、空気が少しも吸い込めない。まるで水の中で溺れているかの様だ。「ユリア様! しっかりして下さい!」誰かの声が遠くで聞こえた瞬間。ドンッ!!胸に激しい衝撃が走った途端、激しく咳き込んでしまった。「ゴホッ! ゴホッ!」咳と同時に大量の水が口から流れ出てきて、途端に呼吸が楽になる。良かった……私、これで助かるかもしれない……。「ユリア様!? 大丈夫ですか!?」太陽を背に誰かが私に声をかけてくる。……誰……? それに……ユリア様って……一体……?そして私は意識を失った——**** 次に目を覚ました時はベッドの上だった。フカフカのマットレスに手触りの良い寝具。黄金色に輝く天井……。え? 黄金色……?「!!」慌ててガバッと起き上がった拍子にパサリと長いストロベリーブロンドの髪が顔にかかる。「え……? これが私の髪……?」何故だろう? 非常に違和感がある。本当にこの髪は私の髪なのだろか? でも髪だけでこんなに違和感を抱くなら……。「顔……そうよ、顔を確認しなくちゃ」ベッドから降りて丁度足元に揃えてあった室内履きに履き替える。……シルバーの色に金糸で刺繍された薔薇模様の室内履き。どう見ても自分の趣味とは程遠い。「鏡……鏡は無いの……?」部屋の中を見渡すと趣味の悪い装飾に頭が痛くなってくる。赤色の壁紙には薔薇模様が描かれている。床に敷き詰められた毛足の長いカーペットは趣味の悪い紫。部屋に置かれた衣装棚は黄金色に輝いている。大きな掃き出し窓の深紅のドレープカーテンも落ち着かない。「こんな部屋が……自分の部屋とは到底思えないわ……」溜息をついて、右側を向いたときに、大きな姿見が壁に掛けてあることに気が付いた。「あった! 鏡だわっ!」急いで駆け寄り、鏡を覗いて驚いた。紫色のやや釣
「行ってしまったわ……あの様子だとメイド長以外に他にも人を連れてきそうね」だとしたら急いで着替えなければ! こんな露出の激しいナイトウェア姿を大勢の人の前で晒したくない!「着替え……着替えはどこ!?」とりあえず手始めに一番大きな衣装棚の扉を勢いよく開けた。「な、何よ。これは……」それは衣装棚ではなく、いかにも高級そうな貴金属のアクセサリーが陳列されている棚だった。「それならこれはどう!?」続いて隣の衣装棚を開けると、そこにはズラリと靴が何十足も並べられている。「今度は靴……」おかしい。いくら何でもおかしすぎる。自分の姿に違和感があるだけでなく、こんなに何もかも……恐らく自分の部屋であるはずなのに、どこに何があるかも分からないなんて。「私……本当に一体どうしてしまったのかしら……」するとそこへ――コンコンコンコン!いささか乱暴気味に部屋の扉がノックされた。ま、まずい! 着替えが終わっていないのに、もう部屋に戻って来てしまったなんて! こうなったらもう開き直るしか無い。堂々とこの恥ずかしい姿で出迎えてやろうじゃないの。「はーい、どうぞ!」「失礼いたします……」扉がカチャリと開かれ、うっすら白髪交じりの髪をお団子にゆった中年メイドが部屋の中に入ってきた。成程。あの堂々とした佇まい。恐らく彼女がメイド長に違いない。彼女の背後には先程部屋を飛び出していったメイドの他に10人前後のメイド達が震えながら立っていた。「ユリアお嬢様……池で溺れた後、体調が優れないそうですが、大丈夫でしょうか?」「え!? 私が溺れたのって池だったのですか!?」その言葉に驚く。「池だったのですかって……ま、まさかユリアお嬢様、何処で溺れたのか覚えておいでではないのですか!?」「はい、そうです。……眼前に水面が近づいてきたところから先はあまり覚えていなくて……と言うか、さっきから私のことを『ユリアお嬢様』と呼んでいますけど、本当に私の名前はユリアなのですか? そこにいるメイドさんにも『ユリアお嬢様』と呼ばれたのですけど」いつの間にか私は恥ずかしいナイトウェア姿のままで普通に話をしていた「な、何ですって‥…!」恐らくメイド長? が身をのけぞらせて大げさに驚く。そしてさらに背後にいるメイド達がビクビクしながら話している。「信じられない……あのユリアお嬢様が
「何ですって!? 赤と紫をこよなく愛するユリアお嬢様から……ケ、ケバケバしい部屋と言う言葉が出てくるなんて……!」メイド長は興奮しすぎたのか、ぐらりと身体が大きく傾く。「キャアッ! メイド長!」 「しっかりして下さい!」 「逝くのはまだ早すぎます!」大げさに騒ぐメイド達。ところでいい加減着替えさせて貰えないだろうか。「あの、それよりも先に着替えをしたいのだけど! 服は何処にあるのかしら?!」私は半ばヤケクソになって大声で叫んだ。「本当に……何もかも覚えていらっしゃらないのですね……」メイド長が何処からかハンカチを取り出し、額に浮いた汗を拭う。「だから、さっきからそう言ってるでしょう?」これ以上話をこじらせないために、多少横柄な態度を取っておいたほうが良いかも知れない。「これは大変申し訳ございませんでした。ユリアお嬢様の服でしたらお隣のお部屋が衣装部屋となっております。部屋の扉はあちらでございますので、お召し物はお隣のお部屋でお選び下さい」メイド長が指し示した方向には確かにアーチ型の扉がある。「え? そうだったの?」「はい、左様でございます」まさか隣の部屋が衣装部屋になっているなんて。「後ほど、このお屋敷の主治医のドクターにユリアお嬢様の診察をお願いしておきますね」「ええ。そうね。頼むわ」ドクターに診察してもらえれば、記憶喪失が治るだろうか? しかし、衣装部屋に専属ドクターとは・一体この屋敷はどれだけお金持ちなのだろう?「それにしても……」メイド長の言葉はまだ続く。「どうかした?」「いえ。記憶が無くなったと言う割にはどこも異常があるように見えませんが……いえ、むしろ今のほうがずっとまともにみえます」「え? そ、そう?」すると私の言葉に一斉に頷くメイド達。今までの私って一体、どんな人間だったのだろう……。いや、まずはそんなことより先に着替えだ。「それじゃ、着替えてくるわ……」「お、お手伝い致します……」先程と同じメイドが進み出てくる。ひょっとすると彼女が私専属のメイドだろうか?「ええ、そうね。手伝って貰えると助かるわ」何しろ何処に何があるのか今の私にはさっぱり分からないのだから。「それじゃ、早速着替えをするから一緒に衣装部屋に来てくれる?」「はい、ユリアお嬢様」恐らく私専属のメイド? を伴い、衣装部屋へ
「お前たち、これから理事長室へ行くのだろう? 聞いているぞ、ユリア。お前は今日『魔法学』の授業で炎の玉を出して、教師に投げつけたらしいな? しかもその教師は髪の毛が一部燃え落ちてしまったそうじゃないか」さすが、王子。情報収集力が半端では無い。でも髪の毛が一部燃え落ちてしまったとは知らなかった。「全く……随分派手なことをしたようだな?」ベルナルド王子は私達を交互に見つめる。しかし、犯人は私ではない。やったのは隣に立っているジョンである。けれどもまさかあれは私ではありませんと言えるはずは無かった。そんなことを言おうものなら、私はイカサマで『魔法学』のテストを受けて合格したことになってしまい、ますます自分の置かれている立場が危うくなってしまう。「知ってるか? あの女教師、泣きながら教員室でお前に酷い目に遭わされたと訴えたらしい。フフフ……何と言って訴えたか知りたいか?」ベルナルド王子は意地の悪い笑い方をすると私達を睨み付けた。一体その女教師は私のことを何と言ったのだろう? 怖い……! 怖すぎる! だけど知っておきたい。そこで私は返事をした。「はい、知りたいです」「いいえ、別に知りたくありません」あろうことか、ジョンは言葉を重ねてきた。「何? 知りたくはないのか!?」ベルナルド王子は驚いた表情を見せる。え? 私は知りたいって言いましたけど!?「ええ、少しも知りたくはないですね。それに……確かにユリアは授業中魔法で炎の玉を出しましたが、教師に投げつけたのはわざとでありませんよ」はぁ!? 何それ!魔法の玉を作ったのも私の姿に変身したジョン、そして投げつけたのもジョンである。しかし、今の言い方ではまるで本当に私の仕業に聞こえてしまう。「ちょ、ちょっとジョン! 何てこと言うのよ!」思わずジョンの腕を掴んで揺すぶるとベルナルド王子が声を荒らげた。「おい! 2人とも、距離が近い! もう少し離れるんだ!」言われた通り、サッと離れるとジョンが言った。「ベルナルド王子、それよりも先程の校内放送をお聞きになりましたよね? ユリアは今理事長室に呼ばれているのです。急いで向かわなかれば退学になりかねませんのでこれにて我々は失礼致します。行こう、ユリア」ジョンは王子に頭を下げると再び私の腕を掴んだ。その時——「いいじゃないか、退学になってしまえば」王子が
「ねぇ、何故私の退学を承諾出来ないの? 何かそこには重大な理由があるの?」身を乗り出してジョンに尋ねる。「ああ……理由ならある。しかも特大級のな」真剣な眼差しで頷くジョン。「特大級……」何だろう? 一体どんな理由があるのだろう? しかし、ジョンは中々口を割ろうとしない。「な、何よ。勿体つけないで話してよ」たまらず催促した。「分った……しかし、何を聞かされても一切の文句は受け付けないからな。分かったか? 約束だぞ?」文句? 文句……一体どういう意味なのだろう? けれど私は頷いた。「ええ、分かったわ、一切の文句を言わないと約束する」「分かった……なら言おう。……授業料の問題だ」「……は?」今の言葉……空耳だろうか?「ね、ねぇ……私、今ジョンの言葉うまく聞き取れなかったみたい。もう一度教えてくれる?」「全く仕方ないな……いいだろう。もう一度だけ言うから、良く聞いているんだぞ?」「ええ」素直に頷く。「授業料の問題があって、退学することが出来ないんだ」やっぱり空耳じゃなかった。「ねぇ、その授業料って一体誰の授業料なのよ」まさか自分の授業料とは言い出さないだろう。ところが……。「何を言っている? 俺の授業料に決まっているだろう?」や、やっぱり……。言いたいことは山程あったが、グッと飲み込んでジョンに尋ねた。「授業料の問題で退学出来ないって……どういう意味なの?」「今回ユリアの護衛をするにあたり、俺も学生として潜入することにしたのだが、この学園の決まりで2ヶ月分の授業料を支払わなければならないことになっている」「成程」「そこで公爵様に頼んで、高額の授業料を支払って貰った。その額は実に俺がユリアの護衛につく為に貰った報酬の約3倍に相当する」「そんなにこの学園の授業料は高いのね!?」いや、実際にジョンがお父様からどれほどの報酬額を貰ったのかは不明だが、恐らくこの学園の授業料は相当高いのだろう。「でも、その授業料と私が退学してはいけない理由がどう繋がるのよ?」どうしてもその繋がりが分からない。「うん、ユリアにしては良い質問だ。それは俺が公爵様に言われたからだ。高額な授業料を2ヶ月分わざわざ支払ってやったのだから、絶対に2ヶ月間は通って貰う。もし途中で退学したなら、通わなかった分の授業料を報酬から天引きすると言われたのだ」
「何だ? まだ機嫌が悪いのか?」 ジョンが確保してくれた席に座り、食後のカフェオレを飲んでいると向かい側に座るジョンが声をかけてきた。彼の前にはブラックコーヒーが置かれている。何故、そんなことを私に尋ねてきているかというと……それは食事中私が一言もジョンに話しかけなかったからなのかもしれない。しかし、話しをする気になれない程私は彼に腹を立てていたのだ。「フン……何よ。いつもなら食事をしている時位は静かにしていてろと言ってるくせに」独り言のように呟くと、すぐさまジョンが反論してきた。「そんな言い方はしていない。『食事中の時位は話しかけないで下さい』と言っているだろう?」「細かい人ね。多少言い方が違ってるくらいで。それより私、今ジョンに怒っているのよ? 何故か分っているわよね?」「さぁ? 何故だ?」ジョンは考えることもなく即答してきた。「ちょっと、せめて考えるフリくらいしたらどうなの? いきなり即答するなんてあり得ないわ」「いいから、早く教えろ。俺は無駄に時間を使うのは嫌いなんだ」「は……?」何という言い草なのだろう? 仮にもジョンはお父様に私の身を守るように雇われているはず。なのに彼が今までしてきたことは、どう考えても私をわざと陥れようとしているとしか思えない。そう、例えば『魔法学』の授業で私の姿で教師に火の玉を投げつけたり……。うん? 火の玉……?「そうよ!」私はテーブルをバシンと叩いた。その際、近くに座っていた学生たちが驚いてこちらを見たのは言うまでもない。「うわ! ついに記憶喪失になっただけでなく、頭もイカレてしまったのか?」「別にイカレてなんか無いわ。だけどジョンのせいで私はイカレ女にされてしまったかもしれないじゃない。どうするのよ? 先生に炎の球を投げつけたりして! しかも先生の髪を少し焦がしちゃったじゃないの!」さらにテーブルをバンバン叩きながら文句を言うと、周囲にいた学生たちは白い目でこちらを見て、何やらヒソヒソと話している。……恐らく私の悪口を言っているのだろう。「ああ、あれか……ククッ……なかなか傑作だったな。まさかバケツの水を頭から被るとは思わなかった……」ジョンは肩を震わせながら笑っている。そう、ジョンが先生に炎の球を投げつけた時に運悪く? 先生の髪に火がついてしまったのだ。先生はキャーキャー悲鳴を上
「ああ、何だ。そういうことだったのか……確かにあの場所は通行の邪魔になったかもしれないね。どうもユリアがご迷惑を掛けてしまったようですみませんでした」ジョンが素早く私に目配せしたので、私も彼にならって頭を下げた。「申し訳ございませんでした」顔を上げたジョンは私の肩をグイッと抱き寄せた。「ユリア、良い席が取れているんだよ。一緒に行こう」「ええ、そうね」呆気にとられている彼等に背を向け、歩きかけた時……。「ちょっと待て!」背後から鋭い声を投げかけられた。すると再びジョンが私の耳元で囁く。「ユリアお嬢様は何も話さないで下さい」「え? ええ……」一体ジョンは何をするつもりなのだろう? けれど私はあの人達のことをまるきり知らないので、ここは全てジョンに委ねることにした。「はい、何でしょうか?」ジョンは私の肩から手を離すと、振り向いて返事をした。「お前……一体何者だ?」金の髪の青年は何故か敵意をむき出しにした目でジョンを睨みつけている。「俺ですか? 今日からこの学園に転校して来たジョン・スミスと言います」明らかに偽名と思われる名前を堂々と名乗るジョン・スミス。しかし、そんな名前を疑いもせずに金色の髪の青年は私を指さしながら厳しい声でジョンに尋ねた。「何故、その女にかまう?」「かまうも何も俺とユリアは同じクラスメイトになったので、2人で一緒にお昼ごはんを食べにこの学食へ来ただけですけど?」すると金の髪の青年は腕を組むとニヤリと笑った。「そうか……君は転校生だからその女のことを何もしらないのだろう? いいだろう、教えてやろう。その女はなぁ……」この人は私のことを知っている……。一体何を話すのだろうか? 緊張しつつ、次の言葉を待つ。すると——「いいえ、結構です。別に知りたくありませんから」ジョンが即答した。「何!?」「え?」私と金の髪の青年が同時に声を上げる。「な、何故だ? お前はその女がどんな人間か知りたくないのか!?」青年はジョンに訴えかけるように語る。はい! 私も勿論そうです。自分のことが知りたいのに……何故、何故止めるの? ジョン!私はじっとジョンを見つめ、目で訴えた。私の護衛なら気持ちが伝わるでしょう? 私は自分が何者なのか知りたいのよ!それなのに……。「おい、ユリア。お前……何故そんなすがるような目で
「入口付近に立っているな。通行の邪魔だろう?」金色の髪の青年は私をジロリと睨みつけた。……確かに言われてみればそうかもしれない。「はい、どうも申し訳ございませんでした」素直に頭を下げた。「何!?」「え!?」すると青年と女性が意外そうな声を上げる。……どうしたのだろう? 自分の方から退けと言っておきながら、いざ私が頭を下げただけで驚いた顔をするなんて。首を傾げつつ邪魔にならない様に彼等から離れた場所に移動した。そして先程の青年の方を見ると、唖然とした顔でこちらを見ている。全く何なのだろう? あのグループはどう見ても私に敵意を持っているようなのでなるべく関わりたくは無かった。そこでわざと視線をそらせてジョンの姿を探していると、何故か彼等がこちらに向かって近づいてくる。そして私の真正面に立つと金の髪の青年が意地悪そうな笑みを浮かべた。「おい、ユリア。何故そんなところにつっ立っているのだ? こちらに構わず空いている席を探してさっさと座れば良いじゃないか? それともいつものように俺たちがテーブルに付くのをここで待つつもりだったのか?」「え?」あまりにも突拍子も無いことを言われ、私は正面からじっと青年の顔を見た。一体この人は何を言い出すのだろう?「あの……それは一体どういう意味でしょうか?」私は彼の言っている意味が分からずに恐る恐る尋ねた。すると金の髪の青年が腕組みをする。「とぼけるな。まさか俺たちが今迄何も気づいていないとでも思っていたのか? もしそうだとするとおめでたい女だ。いいか? 知っているんだぞ? お前がいつも俺たちをこの場所で隠れて待ち伏せしているのを。そして着席した頃を見計らって、さも偶然を装って近づいてきては図々しく同じ席に座ってきているではないか」「え……?」その言葉に耳を疑った。まさか記憶を失う前の私は1人で食事をするのが嫌で、恥ずかしげもなくそんな厚かましい真似をしていたのだろうか? むしろ今の私にとっては、招かれざる場所に顔を出すくらいなら、1人で食事をしたほうが10倍マシだ。過去の自分がとても恥ずかしくなり、私は素直な気持ちで謝った。「それは大変申し訳ございませんでした。もう二度とその様な恥ずかしい真似は致しませんし、あなた方には極力近づかないと約束しますのでどうぞお許し下さい」私はこの学園で嫌われている。低姿勢
ジョンと一緒に教室へ戻ると、今朝初めて教室へ入った時よりも冷たい視線を投げつけられた……気がした。原因は分っている。恐らくジョンに無理やり私に謝罪するよう命じられたマリーベルとその一味達の仕業だろう。その証拠にじっと意味深な目でこちらを睨み付けているからだ。一応私は公爵令嬢。それなのに何故クラスメイト達はこんな態度を私にとれるのだろうか……?俯きながら自分の席に着席したものの、非常に居心地の悪さを感じていた。隣に座るジョンだって私同様男子生徒達から妬みの目で見られているのに平然としている。……これが大人の余裕なのだろうか?「だけど……本来なら私だって……」思わずポツリと呟き、我に返った。その後、何を言おうとしていたのだろう?何を言おうとしていたのだろう? ほんのついさっきのことなのに頭に靄がかかっているようで、まるで思い出せないのが悩ましい。「はぁ~もう何なのよ……」小さくため息をついたときに、2時限目と3限目の授業を受け持つ女教師が教室に現れた。そして2時限通しで間に休憩時間が入ることも無く、『魔法学』という訳の分らない授業が開始された――**** 12時15分―キーンコーンカーンコーン…… チャイムの音と共に、ようやく2時限立て続けの授業、『魔法学』が終わりを告げた。この授業、魔法が一つも使えない私に取っては、もはや『悪夢の授業』と呼んでも過言では無かった。何しろ誰でも出来るとされている指先から炎を出す魔法すら使えなかったのだ。クラスメイト達が次々と合格を貰っていく中、私とノリーンだけが魔法を使うことが出来ずにいた。そして、そんな私達を見てクラスメイト達が嘲笑う様子を『魔法学』の女教師は冷淡な笑みを浮かべて黙認している。その有様に流石のジャンもこの状況に我慢が出来なくなったのだろう。とうとう禁断の手法……つまり自分のお得意の変身魔法? を使い、私の代理で試験を受けてくれた。そのお陰でいかさまだけど合格することが出来たのだったが……。「つ、疲れた~…」ようやく悪魔の授業から解放された私は机の上につっぷしていた。そんな私を隣の席で見ているジョン。「ユリア、昼休みなったから一緒に食事に行こう。その分だと、どうせ場所も分らないだろう?」「ええ。そうね……ところでジョンは学食の場所を知っているの?」「当然だろう? 俺は一カ月の間、
「ねぇ、ジョン! 良かったの? あんな真似をして」ジョンに追いつき、並んで歩きながら尋ねた。「あんな真似って?」ジョンは私の方を見向きもしない。「だから、折角親切心で話しかけてきた彼女たちをあんな邪険にして良かったの? 転校初日だって言うのに居心地悪くなるんじゃないの?」するとジョンはピタリと足を止めて、私の事を穴でも開くのじゃないかと思うほどにじ〜っと見つめてきた。「な、何よ……」「はぁ〜……!」ジョンは大袈裟な位に大きなため息をつくと、いきなり私の左腕を掴んでスタスタと廊下を早足で歩き始める。「ちょ、ちょっと! な、何よ……!」「人のいない所へ行くんだよ」「ひ、人のいないところって……」しかしジョンは私の質問に答えず、ずんずんあるき続け……気付けば静かな庭へやって来ていた。「全く……」ジョンは庭に設置してあるベンチにドサリと座ると、私を見上げた。「ユリアお嬢様、もしかして肝心なことを忘れていませんか?」ジョンの口調は元に戻っている。「肝心なこと……? 何?」私も隣に腰掛ける。「いいですか? 私は何の為にこの学園へ入学してきたと思っていますか?」「そんなの忘れるはずないじゃない、私の護衛をする為にでしょう? 私が命を狙われていることがはっきり分かったから学園でも守れるように入学してきたのよね?」「ええその通りです。転校初日に居心地悪くなっていいのかと尋ねてきたので、てっきり私が何の為にこの学園に入学してきたのかお忘れになったのかと思ってしまいましたよ」「失礼ね。いくら記憶を無くしているからと言って、何でもかんでも忘れたりしていないから」「だったらいいのですけどね……とりあえず、私はクラスの誰とも仲良くする気はありません。大体同じ年齢ならまだしも、私は仮にも26歳なのですよ? 出来れば極力誰とも関わりたくありませんからね」「はぁ〜やっぱり貴方って友達いないでしょう?」「そういうユリアお嬢様だって随分皆さんから嫌われていますよね?」「うん、そうなのよね……でもおかしいのよ。私……以前は友達がいた気がするんだけど……」自分でも不思議な感覚なのだが、何故か教室に足を踏み入れた途端、一瞬そんな感覚に襲われたのだ。「ユリアお嬢様はとうとう記憶喪失だけでなく、偽の記憶まで作り出してしまうようになったのですか?私が護衛につ
「ごめん。君達には悪いけど、俺は彼女に案内を頼むことにしたよ。それじゃ早速行こうかい? ユリア」「え? 私!?」何故かジョンは私に声をかけてきた。そ、そんな……。折角この居心地の悪い空間から解放されると思っていたのに……。「い、いえ。あの、私は……」するとジョンが言った。「つれないなぁ……俺達、今朝一緒に学校へ馬車で来た仲じゃないか?」「ヒッ!」明らかに好意を寄せる女生徒達の前でジョンはとんでもないことを言ってきた。「まぁ! ユリア様と一緒にですか!?」「一体それはどういうことですの?」「教えて下さいませ!」「大体ユリア様は王子様の婚約者ではありませんか?」「それなのに別の殿方と同じ馬車に乗るなんて……!」彼女達は私の方をチラチラと見ながらジョンに詰め寄っている。その様子に私はある違和感を抱き始めていた。確か私は公爵令嬢で、この学園に通う王子様の次に爵位が高いはず。普通、こういう場合……爵位が私より低い彼女たちは私のことを時折睨みながらこんな台詞を言えるのだろうか……?すると、ジョンもそのことに気付いたのだろう。「ねぇ、君達……」「はい、何でしょうか? スミス様!」リーダと思われる金髪の長い髪の女生徒が頬を赤らめて返事をする。「君達の爵位は何だい?」いきなりその女生徒を指さした。「え? あ、あの、私は……」恐らく今まで人に指など差されたことは無いのだろう。焦りの表情を浮かべながら彼女はジョンを見つめている。「どうしたんだい? 俺は君に尋ねているんだけど?」「あ……わ、私は……侯爵家の一人娘の……マリーベルですわ……」マリーベルは名前を聞かれてもいないのに、ちゃっかり自分の名前を言いつつ爵位を告げる。「ふ~ん……君は侯爵家か……? それじゃそこの君は?」続けてジョンはマリーベルの隣に立つ女生徒を指さした。「あ、あの私は……伯爵家です。名前は……」しかし、ジョンは待たずに次の女生徒を指さす。「今度は君だ」「伯爵家です……」そして残りの2人も伯爵家の女生徒だった。「ふ~ん……」ジョンは冷たい目で腕組みしながら彼女たちを一瞥した。「つまり君達は、全員ユリアより爵位が下だってことだね? それなのに、仮にも公爵家のユリアを睨み付けたり、貶めるようなことを言える立場なのかな? あ、それともこの学園の中では爵位
「皆さん……いきなりですが、本日は転校生を紹介致します。さぁ、君。自己紹介しなさい」頭が禿げかかった男性教師に促され、ジョンは一歩前に進み出た。「皆さん、初めまして。ジョン・スミスです。どうぞよろしく」ジョンが挨拶すると、女生徒たちは全員ポ~ッとした顔で彼を見つめている。うん、うん。その気持ち……よく分る。何しろジョンは性格は最悪だが、外見だけは驚くべき程の美形の持ち主なのだから。私がジッと見つめていることに気付いたのか、ジョンがパチリとウィンクした。すると、途端に女生徒の間から黄色い歓声が沸き起こる。「キャッ! 見た見た? あの人……私にウィンクしたわ」「何言ってるのよ! 私にしたに決まっているでしょう!?」「ああ……何て素敵な方なのかしら……」一方、気に入らないのは男子学生達。彼らは皆つまらなそうな顔をしているか、もしくは敵意のある目でジョンを見ている。「き、君達……静かにして下さい……」一方、一番情けないのは禿げ教師の方だった。オロオロしながらも必死で女生徒達を静かにさせようと試みるも、誰一人言うことを聞かないのだから。そんな教室の様子を興味無さげに見渡しているジョン。全く……こんなに大騒ぎにさせたのだから責任を取ればいいのに……。退屈だった私は窓の外から見える景色を眺めていた。……それにしてもなんて美しい景色なんだろう。まさか学校の中に噴水があるなんて……。その時、突然教室がシンと静まり返った。え? な、何!?慌てて教壇の方を振り向くと、そこには呆然とした顔の教師の他に驚いた様子で私を見るクラス中の生徒達。い、一体何なの……? 何故皆私に注目しているの? わけが分からず、緊張しながら椅子に座っていると禿げ教師が言った。「え~……そ、それでは君の席は……アルフォンスさんの席の隣がいいと言うことなので……どうぞ席に行って下さい」「ありがとうございます」ジョンは笑みを浮かべると、教室中に女生徒達のうっとりした溜息が響き渡る。そしてジョンは私の方へ向かってツカツカと歩いて来る。嘘でしょう? 私の隣の席には……別の男子学生が座っているのに!?隣を見ると、気弱そうな青年がオドオドしながら近づいて来るジョンを見ている。やがてジョンは青年の前でピタリと止まった。「君、悪いけど……何所か空いている席に移動してくれないかな?」「は、は